矯正歯科医院の選び方
●日本臨床矯正歯科医会のサイトや動画などを参考にしながら、私がおすすめする矯正歯科医院の選び方をまとめてみました。
まず、私の立場を説明します。私は、日本矯正歯科学会の認定医を17年間保持している矯正専門医です。そして、専門医としては、とても珍しく、私自身が一般歯科や小児歯科も行う、わかりやすく言えば二刀流(大谷選手のように活躍できていませんが)のような歯科医師です。
私の場合、大阪大学の歯学部を6年間で卒業したあと、地元の広島に帰って、歯科学をもう少し深堀りして勉強することを選択しました。広島大学の矯正歯科の入局試験を受け、広島大学大学院の大学院生として4年間矯正学を学びながら、歯科の基礎研究を行い、学位論文を書きました。その後は、広島大学病院の臨床研修医として2年間矯正歯科の臨床を学びました。さらにその後も、大学病院に籍を残し、週1で矯正歯科を学び続けながら、開業医の勤務医として就職しました。そこでは、3年間週5で一般歯科の常勤医として、一般歯科の臨床を行いました。
日本矯正歯科の認定医を取得するのは、とても難しいです。個人的にはハードルが高すぎると思っています。症例試験もあり、論文を書くだけでなく研究発表も行わなければ取得できないので、大学に何年も在籍しながら、取得できない矯正専門医も少なくありません。だから、この日本矯正歯科学会の認定医を取得すると、あとは矯正歯科一筋でやっていこうという歯科医師が多い中、私は珍しく、さらに一般歯科もできるようになりたいと考えました。3年間ではありますが、一般歯科医として常勤で勤務しながら経験を積んで、矯正専門医でありながら、一人の歯科医師が一般歯科や小児歯科も行う形態で開業しました。二世の歯科医師で、どちらかが一般歯科でどちらかが矯正専門医だったり、夫婦である程度役割分担しているケースはありますが、一人の歯科医師が日本矯正歯科学会の認定医でありながら一般歯科を行っているケースはかなり珍しいと思います。
一方で、開業してから、矯正歯科を勉強しておけばよかったと感じる一般開業医が少なくありません。私の仲のよい二人の友人も同様でした。自分の医院の休診日に矯正専門医院で非常勤として勤務しながら、矯正歯科を勉強していました。ところが、何年か経ってから、二人とも自分には矯正歯科をマスターするのは無理だと諦め、それ以来、自分の患者さんで矯正治療を希望する場合は、どんな場合でも矯正専門医院に紹介することにしたそうです。まじめな先生は、同じような道をたどるのだと思います。
●それでは、本題である矯正歯科医院の選び方について話していきます。
まず一般の人に、腕がいいのか、見抜くことは不可能です。私たち矯正専門医でも、どの先生が技術が高いのかわかりません。その先生の様々な症例を10症例くらいみたら判断できますが、現在はウェブサイトに症例写真を掲載する際に、とてもハードルが高い制限があるので、掲載している先生はほとんどいません。それを前提に、一般の人でも判断できる点をいくつか挙げます。
①日本矯正歯科学会の認定医以上か認定医未満か
日本矯正歯科学会の認定医を取得するためには、6年制の歯学部を卒業したあとに、さらに大学の研修を1年以上積み、その後に大学の矯正科で5年間臨床経験を積む必要があるので、現在は最短で取得しても30歳になっています。それまで、バイト代しか稼げないだけでなく、逆に授業料を支払わないといけないことも多いです。私は苦学生時代が長かった分、未だに奨学金の返済を行っています。さらに認定医取得には、臨床技術だけでなく、論文や研究発表の実績も必要とされます。認定医以上の歯科医師は、日本矯正歯科学会のサイトで探すことができます。https://www.jos.gr.jp/roster
一方で、認定医未満の先生は、とても幅があります。日本は、自由標ぼう制なので、臨床経験がゼロであっても歯科医師免許をもっていれば、はったりでも矯正歯科を標榜して矯正治療を行うことができます。未認定の研修か独学ということになります。なかには、大学の矯正科に残り、十分な知識と技術が身についているのに、研究や発表に興味がなく認定医を取得していない先生もいるかもしれません。大学に残っていなくても、なんでもできてしまうスーパードクターもいるでしょう。しかし、利益率が高いという理由で数回のセミナーに参加しただけで気軽に導入するような歯科医師も少なくなく、矯正歯科の知識や技術には歯科医師によって、驚くほど差があるのが現実です。
私の場合、大学で臨床経験を3年積んだとき、3年勉強しても思うように治せない症例が複数あったので、私には矯正歯科をマスターすることは無理だと感じ、矯正専門医となることを諦めようとしたことがあります。私以外の歯科医師もみな、同じように矯正歯科の難しさを感じています。5年の研修では不十分だと思います。大学の場合、それでも必ず指導教官がいるので、失敗しても最終的にはなんとかしてくれます。しかし、そのような教育機関でなければ、はじめの数年は患者を実験台のようにしてしまうリスクがあるということです。ですから、認定医未満の先生が大学以外で矯正治療を行うことに反対する認定医も存在します。実際、世界では、矯正治療は矯正専門医でないと治療できないのが常識です。
また、認定医の上位に、臨床指導医、指導医、専門医という制度もあります。ただ、矯正歯科を行っている医師が2-3万人いるといわれる中、認定医が2,600人しかいないので、実は認定医を探すのは簡単ではありません。その上位の資格取得者は、200-300人しかいないので、さらに探すのが難しいでしょうから、そこまでこだわる必要はないと思います。
認定医の取得には、表側のワイヤー矯正の症例しか必要ないから、裏側矯正やインビザラインなどのアライナー矯正(マウスピース矯正)では、認定医の有無は関係ないという意見もありますが、それは違うと思います。裏側矯正は、表側の矯正より何倍も難しくなります。なおさら、深い知識と高い技術が必要とされます。アライナー矯正は、AIが治療計画を立てるのですが、それが可能かどうかの判断は担当医が行います。AIに依存するのではなく、AIに指示を適切に出せる診断力が必要で、器用さなどでは補えないので、なおさら認定医以上の知識が必要だと思います。
国内においては、日本矯正歯科学会が圧倒的に大きな学会です。数万円の入会金と年会費をしはらえば、だれでも入会できるので、所属だけなら簡単です。国際学会と連携しているので、最新の情報が確実に入ってきます。矯正歯科を標榜しているのに、この学会に所属もしていない先生は信用できないと思います。
②常勤か非常勤か、転勤や交代はあるか
非常勤であれば、救急対応は不可です。矯正治療中は、装置が壊れたり歯が痛くなるトラブルは必ずあります。非常勤のことを、私たちはバイトと呼んでいます。名前を公表しているなど、責任の所在を明らかにしておかないとリスクがあります。
動的矯正治療中の担当医の変更は避けたいです。家を建てている途中で業者を変えるようなもので、一から開始するより余計に面倒になったり、期間やコストがかかることも珍しくありません。転勤や交代の可能性がないか、確認してください。
③担当医が相談を行っているか
まず、相談だけがいいと思います。相談だけなら1万円かからないでしょう。焦って精密検査をしないほうがいいと思います。また、担当医以外の、カリスマ性のある先生やスタッフが上手に契約をした場合、実際に治療が始まってから、ギャップに困るかもしれません。やはり、担当医と直接会話して、判断したほうがよいでしょう。
④治療計画書などの資料を持って帰れるか
技術レベルをその場で一般人が見抜くことはできません。
口腔内写真やセファロ分析の資料を持って帰れば、他で相談を行う際の参考になるし、認定医以上の先生にそれを見せれば、その撮影技術や分析技術を図り知ることができます。
矯正治療は、美容治療ではなく、病気を治す、機能障害を治す医療です。きちんと咀嚼機能を向上させるためには、セファロ分析は必須です。そのセファロ分析について、詳しく説明してくれるかをみてください。
⑤人間性を見極める
雰囲気がいい、やさしい、だけでは矯正治療がうまくいくとは限りません。私は、矯正治療は、ダイエットに似たところがあると思います。患者さんのやる気が絶対に必要ですし、私たち矯正歯科医院のサポートが大事です。楽しい、やさしいだけでなく、ときには真剣さや厳しさも必要となることがあります。相談の際に、様々なことを質問することで、先生との相性を見極めてください。
⑥治療を受けた人の実際の声や地域の歯科医の意見
ネットの口コミは参考になりません。私の医院にも、「いくらでサクラやります」という営業電話があります。口コミサイトによっては、金銭を払えば、よい口コミだけを掲載するというシステムも存在します。だから、やたら良い口コミだけの医院は逆に怪しいと思います。もちろん、うちはそういう業者と関わりをもっていません。⑤の人間性でも述べましたが、やさしい先生は、第一印象は良いのでネットの口コミは良くなります。ただ、矯正治療は、歯を動かす動的治療よりも、良い歯並びを維持する保定のほうが難しいです。だから、治療中の人より長期的に通っている人の意見がもっとも信用できる声だと思います。治療後もメンテナンスで通い続けている人が多い歯科医院も信用してよいのではないでしょうか。
地域の先生と連携をとっている先生であれば、まわりの先生はその先生の治療の質はわかってくるものです。近所の先生に、評価を聞いてみたり、おすすめの矯正歯科医院を聞いてみてもよいでしょう。
以上、日本臨床矯正歯科医会のサイトや動画などを参考にしながら、私の意見も混ぜて、矯正歯科医院の選び方を述べてみました。長い文章を読んで、医院選びはこんなに大変なのかと思った人も多かったのではないでしょうか。でも、矯正治療がはじまると、もっと大変です。だから、じっくり歯科医院選びに時間をかけてもいいと思います。
あくまで、認定医からの視点です。遠慮なくご意見ください。